黄昏の刻 第12話


「なに、これ」

異様な光景に、思わず呟いてしまったのは、仕方のない事だと思う。
だってそうだろう?
誰だって、この光景を目にしたら驚きの声をあげるはずだ。

各国の空港を常に監視して、半年かけて目的の人物を発見し、秘密裏に追跡。
潜伏場所を突き止め、異様に警報装置の多い敷地内を進み、この建物内へ音も無く侵入し、目的の人物がいる部屋までたどり着いた。
気配を殺し、音を殺し、全神経を集中させ、部屋の中へ。
今は夕暮れ時。
一日中カーテンに閉ざされていた部屋の中は、人工の明かりで照らされており、その事に一瞬躊躇はしたものの、迷いは捨て中へ中へと歩みを進める。
身を低くしながら数歩の距離を歩くと、ソファーの上でだらしなく眠る目的の人物、C.C.が視界に入った。
多少のことでは目を覚まさないと思えるほど無防備に熟睡したいた。
膝を曲げて身を低くしていた体を伸ばして立ち上ると、室内を確認する。
だらしのない女性だからてっきり汚部屋かと思っていたのに、ゴミらしいゴミはテーブルにあるピザの箱と、飲みかけの炭酸飲料が入ったペットボトルぐらいだ。
予想外の状態であるが、これはこれで都合がいい。
この様子なら、ペンは引き出しにでも片付けているはずだ。
幸せそうに惰眠をむさぼる人物を睨みつけた時、視界に何かが動くのが見えた。

なんだろう?
そう思いちらりとそちらを見ると、そこには1台のノートパソコンが置かれていた。
起動されたパソコンの画面には大量の文字。
それだけなら何も問題は無かった。
問題は、その画面の文字が、次々と増えていくこと。
ただ増えているだけなら、映像か何かだと思うところだが、文字に合わせてキーボードが動いているのだ。
さながら自動演奏のピアノのように。
黒いキーが押されるたび、音の代わりに文字が躍る。
純白の画面に、黒の文字が流れていく。
殆ど音はないが、間違いなく目の前のキーボードが文字を打ち込んでいるのだ。
おかしいのはそれだけではない。
そのパソコンの横には透明な箱に入ったプリンターが置かれている。
まるで隔離するように置かれたそれに、異様という言葉しか浮かばなかった。
だから、思わず声が漏れてしまったのだ。
無意識に。
すると、目の前の無人の椅子がぎしりと揺れた。
本当はその椅子に誰かが座っていて、突然の来訪者に驚き、体を震わせたように見えて、ますます頭が混乱した。




「流石俺、完璧な策だ」

何かと言いがかりをつけて議会の邪魔をする某国を黙らせ、対話の席に着けるための妙案が浮かび、俺は流れるような動きでキーボードを打ちこみ続けた。
最初は幽霊という体が不便で仕方がなかったが、疲れ知らずとなったことで、作業効率が跳ね上がり、ああ、生きている時にこうだったら、どれだけ楽だったかと、つい考えてしまう。
過去の話など考えても仕方がないが、そう思ってしまうほど、この体は快適だった。
まだ不便な面は色々とあるが、それも時間と共に解消できるだろう。

戦争のない平和な世界。
人々が武力では無く話し合いで争いを回避する世界。
そんなモノ、最初から夢物語の理想論だとわかっている。
解っているが、一度でも平和な世界を知り、対話による交渉を積み重ねることで、人々の考え方を変える切っ掛けにはなるはずだった。
だが、やはりそれも机上の空論。
いくら策を練り、仕掛けを施していたとしても、対話をするのは人間同士。
時間と共に事態は変化し、イレギュラーも起きるのだから、俺が残した策など一瞬でゴミになる。その場に合わせた臨機応変な策で別の道筋を作らなければいけないのだが、それを行うにはゼロもナナリーも力不足で、シュナイゼルは思考に難がある。
だから持って5年。
いや、最低でも5年は持たせるようにと、シュナイゼルとギアスで操った有力者たちには命じていた。
そこから先は、残った者たちがゼロと共に作ればいい。
そう思っていたのに。
こんなバカげた思想の人間が代表になり、こんなに愚かな発言を繰り返し、対話の場を争いの場に変えようとするなんて!
お前ごときが世界を壊せると思うな!
世界を壊し、世界を作るのはこの俺だ!
フハハハハハ!
と、絶好調でシュナイゼルあての嘆願書を打ち込んでいた時である。

「なに、これ」

背後から、聞こえるはずのない声が聞こえた。




いるはずのない人物が、茫然とした表情でこちらを見ていた。
久しぶりに見る嘗ての親友は、以前よりも精悍さが増したように見える。残念ながら変装のため帽子をかぶっていて、あの柔らかくふわふわくるくるとした髪がほとんど見えなかった。
年齢より若く見られるその童顔の、驚き見開いている翡翠に射抜かれる。
見つかった、知られた。
未だに存在していることを、知られてしまった。
無いはずの脳が混乱する。
いや、この姿は誰にも見えないはずだと、スザクが名前を呼ばないのは、俺を認識していないからだと、自分に言い聞かせ、既に無いはずの心臓が痛いぐらいにばくばくと鳴り響くのを感じながら、深呼吸をした。
そして、その視線の先を考え、自分では無くパソコンを見ているのだと気がついた。
立っているスザク、椅子に座っているルルーシュ、そしてパソコンの画面。
これらは一直線上にあるのだ。

「落ち着け、スザクには何も見えない、何も聞こえないんだ」

自分に言い聞かせるように、確認するようにわざと声に出す。
案の定、スザクには声は届かず、反応は返ってこなかった。
音と気配を殺して入ってきたスザクに気付かず、キーボードを打ち続けていたのだ。
スザクから見れば完全なポルターガイスト現象。
誰も座っていないはずの椅子が動き、ひとりでに動くキーボードと、勝手に打ち出された文字。驚いても何もおかしくは無い。
早鐘が鳴る胸をゆっくりと押さえ、椅子を揺らさないように立ち上り、ゆっくりとC.C.の方へと移動した。聞こえないとわかっていても、足音を殺し、スザクの視線から徐々に離れていく。
やはり見えていない。
驚き固まったスザクの視線は、パソコンに注がれたままだった。
安堵の息を吐いた瞬間、嫌な予感に背筋を震わせた。
・・・パソコン?
しまった!
パソコンの画面には、大量の文字。それも、今後の政策に関する意見書で、もしかしたらスザクは以前出した物を目にしているかもしれない。ルルーシュはパソコンが壊れるのも覚悟で、スザクの死角にあるコンセントを引きぬいた。
だが、スザクの視線はそこから動かず、明らかに画面の文字を目で追っている。

「・・・ああくそ、ノートだからバッテリーがある!」

混乱しきっていて、そんな当たり前な事も失念していた。
コンセントは戻し、スザクに気づかれないようゆっくりとパソコンに近づくと、電源スイッチに触れた。幸いこのスイッチは押しても沈まないタイプだ。
数秒押せば電源は落ちる。

1・・・2・・・3・・・。

ほんの数秒が酷く長く感じられた。
だが、確実に時間は経過し、画面はブラックアウトした。

「え!?」

スザクは驚きの声をあげ、目を瞬かせた。

「なんで?僕何もしてないのに、何で消えたの!?」

慌ててノートパソコンに近づき電源を入れるが、現れるのはパスワード画面。
困惑の表情の表情で眉を寄せたスザクは、暫くその画面を見つめていた。

・・・今のうちにC.C.を起こさなければ。

ルルーシュは駆けるようにソファーに近づくと、侵入者に気づくことなく惰眠をむさぼっているC.C.を揺り起こした。

「C.C.!起きろC.C.!緊急事態だ!」

ようやく覚醒し始めたC.C.は、寝ぼけながら大きな欠伸をした。

「何なんだルルーシュ、もう晩御飯か?」

状況が全く解っていない魔女は、致命的と言える言葉を口にした。



打ちこまれていた文章は、どこか見覚えのある書き方がされていた。
それがやけに気になり、勝手に打ち込まれていたことに対する混乱よりも、何が書かれているのだろうという好奇心が勝った。
文字に目を通せば通すほど、心が高揚していく。
理由など分からない。
だって、とても面倒で難しい内容で、半分どころか殆ど意味がわからないというのに、そんな難解な文章を読むことが楽しいなんて、今までなかった感情だ。
・・・何故かその文字を目で追うだけで、泣きそうなほど嬉しかった。
だから必死になって文字を追っていると、突然画面が真っ暗になってしまった。

「え!?」

突然の事に驚きの声をあげ、見間違いかと目を瞬かせたが、やはり画面は完全に消えていた。パソコンの点灯していた光も消えていて、電源が落ちたのだとわかった。

「なんで?僕何もしてないのに何で消えたの!?」

いくらこの手の機械に弱くても、使い方ぐらいわかる。
電源を落とす操作をされたわけでも、バッテリーが切れたわけでもないのに電源が切れた事が信じられなくて、慌ててノートパソコンの電源にふれた。
すぐに起動はしたが、現れたのはパスワード画面。
パスワードなどわかるはずがない。
C.C.に尋ねたところで、素直に答えるとも思えない。
高揚感の後の喪失感で胸がひどく傷んだが、すでに消えてしまったものを欲しても意味は無い。大切なのは、そんな訳のわからない文章に、どうしてここまで心惹かれたのか、だ。と考えを切り替えた。

今の画面、今の文章、その書き方。
あり得ない。あり得るはずがない。絶対にあり得ないことを僕は考えていた。
ああ、だけど。
ギアスという異能が存在し。
不老不死の人間が存在し。
神が存在していた。
普通であれば、それらもあり得ないこと。
そんなことを考えていると、再び視界に何かが引っかかった。
その先に居たのはC.C.で。
彼女の身体が僅かに動いていた。
いや、揺れていた。
・・・本人の意志とは関係なく揺れ動いていた。
そして、煩いなと言いたげに彼女は目を開き。

「何なんだルルーシュ、もう晩御飯か?」

あり得ない名前を、彼女は当たり前のように口にした。



C.C.は住所バレしないよう念のため国外で手紙を投函してます・・・って書き忘れてる気がしたので補足。
スザクはその事を知らないけど、あれだけ目立つ女性だから、移動した際に何かしらの映像に写っているはずと、ゼロの権限で手に入れた各国の空港の監視カメラの映像を10倍速ぐらいで(休日と休憩時間、移動時間に)見る日々を過ごしてました。スザクならきっと4画面同時で10倍速流してもきっとC.C.見つけられる。

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